自給的暮らしに向けての軌跡。
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雑草の枯らし方
こんにちは。
地震が起きて原発が爆発して放射性物質がどんどん広がっているのに、地球は毎日回って時間が流れて、じゃがいもの植え付けの時期が近づいて来ました。
去年の大豆から苗を作ったけどまだ定植もできていません。そこで、じゃがいもと大豆の畝のために一度に除草をすることにしました。

真夏の草刈りは特に大変だけど、太陽の力を借りて一気に草を枯らしてしまう方法があります。



とは言っても、事前に草をかっておかないとビニールを敷くことができないので、それは父にお願いしました。
近所の人にお願いして、ビニールハウスの使い終わったビニールを一ついただいてきました。破れても安心なように二重に被せ、飛ばないように藁を乗せておきました。
こうすると、恐らく早くて一週間ほどでここの草の根まで枯れて、刈った葉や茎も溶けて養分になります。土も柔らかくなっているので畝も作りやすいかと期待。
心配はカヤもちゃんも枯れるかです....。カヤの芽と根の先端は、まさに矢尻のように硬く尖っています。この強力な武器で、アスファルトでもコンクリートでもゴム板でも貫きます。

カヤの能力を見ていると、人間がコンクリート文明を作るのを知っていてこんな姿を手に入れたのかと錯覚してしまうほどです。人間が滅んだら地球は一瞬にして緑に支配されてしまうでしょうが、まず大地のコンクリを割り地面を他の植物群に提供する役目をになっているのは、間違いなくカヤでしょう。


キイロスズメガの幼虫。
山芋系を食す。
うちの庭ではつくね芋に。


私に見つかった後威嚇して体をぶるんぶるん振り回していましたが、そのせいでサチコに見つかり弄ばれていました。
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今年の稲刈りー雨地獄編
稲刈りが始まりました。

高知県では苗を四月の半ばに植えて、八月の今頃収穫するのが一般的です。そうすれば台風と重ならないし、蒸しのも少ないので農薬代を押さえられるからです。

どこもかしこも黄色に色づいた稲穂がふさふさと揺れ、気の早い農家によってすっかり株だけにされてしまった田んぼが増え始めた頃、我が家の稲刈りもなんかなし崩し的に始まりました。
先週は、「明日から雨がふる、今日にも雨が降る」ってずっと天気予報に脅されていたような天気でした。うす曇だったり、夜は雲がたちこめたりもしつつ、蒸し暑くて乾いた日が続いていました。そこで父は少しでも早くできるところをやってしまおうと、例年だと刈った稲を田んぼ一面に広げて干したり裏返したりするのに、今年は刈ったそばから脱穀して乾燥機屋へ持って行くと決めたようでした。

8月6日、父から「今日だけ稲刈りするき、昼から手伝いに来れないか?」とメールが届き、午後から休みをいただいて手伝いに帰りました。
午前中に一つの田んぼの稲刈りと脱穀を済ませ、“ハウス跡”と呼んでいる田んぼの半分も刈り終わっていました。まだ少し青かったので、半分は刈らずに済ませたと言います。
「夜から雨が降るゆうきに、この刈った分はハゼにかけちょこう。」
ということになり、父と田んぼの下の竹やぶへハゼ掛け用の竹を採りに行きました。
父がいい様な竹を三本ほど見繕って切っている間、私は最初に切った竹を田んぼまで運ぶことにしました。

その竹やぶは地震のときの避難路になる道で、最近整備されて広くなったものの、急な階段がくねくねと曲がって、太くて長い竹を一人で道まで運び上げ、さらに田んぼの近くまで運ぶのは本当に大変でした。
手すりの間を通したり、上から引っ張ったり、ずるずる引きずったり、竹の前や後ろや右や左やと右往左往しながら必死で田んぼの側まで運んだのでした。

それから父がハゼ掛け用の支柱や土台を作り、私は田んぼ全体に散らばっている稲束を一輪で集めたり、かけたりしました。
藁が重くて、竹の細いところが折れてやり直しになったり、竹が歪んで恐ろしい音を立てたりと、夕暮れ間近にハプニングもありましたが、7時ごろに全て掛け終え、帰宅しました。


(手前の竹が折れて外れたとこです。)

次の稲刈りは金曜日でした。結局雨は降らないままで、金曜の夜から降り出すというので、急遽また始まったのです。
今回の場所は、セイオさんという人に借りている、一番広い田んぼ。夜から雨が降るので地面に稲を広げて乾燥させることができないのと、田んぼが広すぎてはぜ掛けも大変だということで、刈った側から脱穀することになりました。

ところが、ところが。

午後から脱穀機を動かそうとしたところ、エンジンがかからないと言うのです。まさかのトラブル。
父がkubotaの人を待っている間に、私が稲刈り機で刈っていくことに。
これがなかなか難しい。特に、稲刈り口に合わせてターンすることができなくて、何度も切り返しをしたり、すればするほどわからんなったり、稲を踏んだり、刈り残しができてバックしたり・・・。
でも去年までできなかったことができるようになったのは嬉しいし、任せてもらえたのも嬉しい。何度か休憩を挟みつつ一人で刈り終えました。



ちょうどその頃父が脱穀機とともに田んぼにやってきて、脱穀スタート。
その後は順調で、6時過ぎには全部脱穀し終わり、モミが入った袋が田んぼに点在していました。
乾燥機が9時まで開いているとのことで、軽トラを田んぼに乗り入れてモミの袋を乗せていきました。

10袋ぐらい乗せたときでしょうか。突然軽トラが動かなくなりました。タイヤにドロが詰まったのです。
ちょうどその頃、天気予報どおりに雨が降り始めました。
「あれ竜巻!?」
西の空に細長い黒い筋があったのです。
「あれ雨じゃない!?あ、あっち!めっちゃ降りゆう!こっちに来るで!!」
「はよう米下ろそう!!」
急いで軽トラの荷台からモミを下ろし、畦道まで運び、ビニールを持ってきて被せ・・・
その頃にはもの凄い土砂降りになっていました。空は暗くなり、田んぼがみるみる沼となって行きます。

「あたしの箱バン持ってくるき、米積んで乾燥機に持って行きや!」
私は川となった道を走りました。溝は溢れ、白い水が道へなだれ込んできて、連なるビニールハウスからは滝のような水が落ちていました。

箱バンを田んぼへ走らせている間、ずぶぬれの両親が脱穀機をついて家に帰っているところにすれ違いました。メガネも曇るしフロントガラスも曇るし、超視界の悪い状態で田んぼの畦道まで乗り入れ、自分でもモミの袋を荷台に入れようとしましたが、一番上のモミを乗せるだけで精一杯でした。私はほんまに力がなくて、一番上に乗っているモミの袋なら下ろすことができても、持ち上げることはできなかったからです。

ピカピカと空が光り、雷がうなる中、私は車に入って父を待ちました。もう外は真っ暗でした。
やがて暗闇からライトが現れ、父が残りのモミを車に積み、乾燥機まで持っていってくれました。


稲刈りは毎年何かハプニングがありますが、それも含めてご飯の調味料と思います。つまり、手間隙かかってるから有り難みがあって、より美味しくいただけるんですよね(*^_^*)
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