自給的暮らしに向けての軌跡。
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今年の稲刈りー雨地獄編
稲刈りが始まりました。

高知県では苗を四月の半ばに植えて、八月の今頃収穫するのが一般的です。そうすれば台風と重ならないし、蒸しのも少ないので農薬代を押さえられるからです。

どこもかしこも黄色に色づいた稲穂がふさふさと揺れ、気の早い農家によってすっかり株だけにされてしまった田んぼが増え始めた頃、我が家の稲刈りもなんかなし崩し的に始まりました。
先週は、「明日から雨がふる、今日にも雨が降る」ってずっと天気予報に脅されていたような天気でした。うす曇だったり、夜は雲がたちこめたりもしつつ、蒸し暑くて乾いた日が続いていました。そこで父は少しでも早くできるところをやってしまおうと、例年だと刈った稲を田んぼ一面に広げて干したり裏返したりするのに、今年は刈ったそばから脱穀して乾燥機屋へ持って行くと決めたようでした。

8月6日、父から「今日だけ稲刈りするき、昼から手伝いに来れないか?」とメールが届き、午後から休みをいただいて手伝いに帰りました。
午前中に一つの田んぼの稲刈りと脱穀を済ませ、“ハウス跡”と呼んでいる田んぼの半分も刈り終わっていました。まだ少し青かったので、半分は刈らずに済ませたと言います。
「夜から雨が降るゆうきに、この刈った分はハゼにかけちょこう。」
ということになり、父と田んぼの下の竹やぶへハゼ掛け用の竹を採りに行きました。
父がいい様な竹を三本ほど見繕って切っている間、私は最初に切った竹を田んぼまで運ぶことにしました。

その竹やぶは地震のときの避難路になる道で、最近整備されて広くなったものの、急な階段がくねくねと曲がって、太くて長い竹を一人で道まで運び上げ、さらに田んぼの近くまで運ぶのは本当に大変でした。
手すりの間を通したり、上から引っ張ったり、ずるずる引きずったり、竹の前や後ろや右や左やと右往左往しながら必死で田んぼの側まで運んだのでした。

それから父がハゼ掛け用の支柱や土台を作り、私は田んぼ全体に散らばっている稲束を一輪で集めたり、かけたりしました。
藁が重くて、竹の細いところが折れてやり直しになったり、竹が歪んで恐ろしい音を立てたりと、夕暮れ間近にハプニングもありましたが、7時ごろに全て掛け終え、帰宅しました。


(手前の竹が折れて外れたとこです。)

次の稲刈りは金曜日でした。結局雨は降らないままで、金曜の夜から降り出すというので、急遽また始まったのです。
今回の場所は、セイオさんという人に借りている、一番広い田んぼ。夜から雨が降るので地面に稲を広げて乾燥させることができないのと、田んぼが広すぎてはぜ掛けも大変だということで、刈った側から脱穀することになりました。

ところが、ところが。

午後から脱穀機を動かそうとしたところ、エンジンがかからないと言うのです。まさかのトラブル。
父がkubotaの人を待っている間に、私が稲刈り機で刈っていくことに。
これがなかなか難しい。特に、稲刈り口に合わせてターンすることができなくて、何度も切り返しをしたり、すればするほどわからんなったり、稲を踏んだり、刈り残しができてバックしたり・・・。
でも去年までできなかったことができるようになったのは嬉しいし、任せてもらえたのも嬉しい。何度か休憩を挟みつつ一人で刈り終えました。



ちょうどその頃父が脱穀機とともに田んぼにやってきて、脱穀スタート。
その後は順調で、6時過ぎには全部脱穀し終わり、モミが入った袋が田んぼに点在していました。
乾燥機が9時まで開いているとのことで、軽トラを田んぼに乗り入れてモミの袋を乗せていきました。

10袋ぐらい乗せたときでしょうか。突然軽トラが動かなくなりました。タイヤにドロが詰まったのです。
ちょうどその頃、天気予報どおりに雨が降り始めました。
「あれ竜巻!?」
西の空に細長い黒い筋があったのです。
「あれ雨じゃない!?あ、あっち!めっちゃ降りゆう!こっちに来るで!!」
「はよう米下ろそう!!」
急いで軽トラの荷台からモミを下ろし、畦道まで運び、ビニールを持ってきて被せ・・・
その頃にはもの凄い土砂降りになっていました。空は暗くなり、田んぼがみるみる沼となって行きます。

「あたしの箱バン持ってくるき、米積んで乾燥機に持って行きや!」
私は川となった道を走りました。溝は溢れ、白い水が道へなだれ込んできて、連なるビニールハウスからは滝のような水が落ちていました。

箱バンを田んぼへ走らせている間、ずぶぬれの両親が脱穀機をついて家に帰っているところにすれ違いました。メガネも曇るしフロントガラスも曇るし、超視界の悪い状態で田んぼの畦道まで乗り入れ、自分でもモミの袋を荷台に入れようとしましたが、一番上のモミを乗せるだけで精一杯でした。私はほんまに力がなくて、一番上に乗っているモミの袋なら下ろすことができても、持ち上げることはできなかったからです。

ピカピカと空が光り、雷がうなる中、私は車に入って父を待ちました。もう外は真っ暗でした。
やがて暗闇からライトが現れ、父が残りのモミを車に積み、乾燥機まで持っていってくれました。


稲刈りは毎年何かハプニングがありますが、それも含めてご飯の調味料と思います。つまり、手間隙かかってるから有り難みがあって、より美味しくいただけるんですよね(*^_^*)
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酷暑の稲刈り
今年も酷暑の中、稲刈りの時期と相成りました。
早生植えが主流のこの辺では、何処もかしこもコンバインがフル稼働で、昨日までこうべを垂れた稲穂が広がっていた田んぼが、いつの間にかきれいさっぱり更地になっていたりします。
稲を呑み込みながら田んぼを縦横無尽に走り回るコンバインは、戦車のような迫力です。
私は、轟音を轟かせて稲を一網打尽にするコンバインを、巨神兵と呼んでいます。

さて我が家では、コンバインは使っていません。バインダーという一昔前に主流だった刈り取り機を使っています。

稲刈りの流れは、

田んぼの四隅を、バインダーがターン出来るように刈っておく。

バインダーで二条ずつ刈り取る。機械が稲を束ねて押し出してくる。


バインダーをストーキングし、束を広げて地面に干す。

刈り残した所を手刈り。

手刈りした稲を束にして藁で縛る。

広げて干す。

午後から干した稲束を裏返す。

次の日のお昼に、脱穀機を田んぼへ連れて行く。

稲束を数カ所に集めていく。

脱穀していく。

わら束を10束ずつ紐で縛る。

落ち穂拾い。

籾を集めて軽トラに積み込む。

これ、ぜ~~~えんぶ炎天下にするわけです。
私は一日目は熱中症になりかけました。休憩の後、立ち上がったら頭が痛くなって....。
梅干しと水分をしっかり採ったのが良かったのか、午後から田んぼに出てたら何時の間にか良くなってましたけど。


田んぼで、トノサマガエル発見。




今年は日照りに恵まれ、脱穀機もヘソ曲げることなく順調に終わりました。
Johnも手伝いに来てくれ、熟れてなくて刈り残した所もありますが4日で終わりました。

今年もこれで安泰です
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最近の野菜たちの近況
毎日毎日毎日暑くて熱くてアツくてたまりませんね。暑さに強い私でももう飽き飽きしたって感じです。
雨も降りそうになっても降らないし、降っても10分ぐらいで止んでカラッカラに晴れたり、まるで空も、祖母のやっとこさ出るかでないか、力んで力んでやっとウサギの糞程度な慢性的な便秘状態のようです。

20株近く飢えたカボチャも枯れるし、オーガニックマーケットのお客様が待っててくれている太ネギも暑さと日照りとヨトウムシのために枯れ、ハブ茶も畝たてに時間を取られ巻く時期が送れたのか、なかなか太らず、

...ますます外に出たくありません。


(カラッカラに枯れ果てた太ネギの骸)

そんな中で、実り始めているものもあります。



六月に植えたラブ米です。
実は、分げつ時にかなり虫に喰われ、私はほぼ諦めかけていたんです。



分げつ時と言えば水をたくさん飲んでいっぱいお日様の光を浴びて呼吸をして、稲穂のために養分を蓄える大切な大切な時。
もうすでに株元では稲穂の基礎が出来始めているそうです。
そんなときにこんな細切れの葉では...(泣)



完全に肥料切れですね。与えたものは米ぬかだけですから。
それに、米ぬかが養分になるわけではなく、米ぬかを餌として増えたたくさんの生き物が養分になったり天敵を呼んでくれたりってことを期待しての米ぬか散布です。

もうこいつらは当てにはできない。

そう悟った私は、ラブ米のことをほとんど諦めていました。それにこの田んぼは、いろいろと対策をしても水漏れして、下のハウス人に迷惑をかけているのです。来年からはもう畑にしようと思っているぐらいです。

そんな訳で、毎日見回りに行かなければならないところを、私は平均して一週間に一度ぐらいしか見に行きませんでした。
とすると当然ホースの入り口に落ち葉が被さって水が入らなくなります。
(でもある程度成長したころに水を止めて地面を乾かす方法もあります。)

そんな、結構放任、ってかむちゃくちゃスパルタな中で育ってきたラブ米が、実をつけ始めたのです。(苗のときに踏んだりもしました。そうすれば強い稲なる、って現代農業に書いてあったので。でも怖くてちょっとしか踏めなかったなー。)

去年と同じく、いろんな系列が出てきました。


まるでタイ米のように細長い籾。背が高く、他のラブ米がやっと穂が出て来たくらいにもうこんな状態。


去年はあまり見られなかったのですが、今年は落ち種から自生したものに赤くて長いノゲを持つものがいました。

こうなってくると、ラブ米は楽しい(^ ^)無肥料、無農薬にしてはなかなかだと思います。コシヒカリはこうはいかないのかしらん??


それと、隣りでは今年初チャレンジの黒米も実っています。これはオーガニックマーケットの広瀬さんから戴いたもの。
最初は調子よかったのですが、飢えた場所が日陰になりやすいためか、葉の色も悪く余り実が入っていない様子。



一本ずつ30センチ間隔で植えたので密埴ではありませんが、背が高くなる品種のためもっと間隔を空けた方がよかったかもしれません。
黒米も、広瀬さんが何代も自家採種しているためかいろいろと形質が異なるのが出ていて面白いです(^ ^)


さて、最近紫外線対策としてサングラス買いました。
サングラスをかけると、カンカン照りも曇りか夕暮れのような気分で、外に出るのにあんまり抵抗がなくなる、ってゆー心理的な効果もありました!

そろそろ秋冬野菜を植える季節、サングラスで紫外線対策に磨きをかけていきます?
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稲刈り疲れた―
 こないだの記事を読み返してみたら、かなり一方的な見方で記事を書いてたなーって思いました。多分あのブラジル人はもしかしたら私が憶測で書いたような人じゃないかもしれないけど、世の中には私が感じてる外国人による日本人女性への見方も実際あると思うんで、まーあの記事はあのまま置いときます。
 それよりも久しぶりにミクシィ見てみたら、知らない人からの足跡が凄かったっす。いちいちどんな人か覗きに行ったりはしませんが、前回の記事と関係あったのかなー???


 えー、今週はですね、ひたすら稲刈りしてました。
 私が植えた田んぼじゃなくて、父が自家用に作ってるコシヒカリですが、4月の中ごろ植えるのでこの辺りでは今が稲刈りの最盛期なのです。
 
 この辺りでは、大きく分けて二種類の方法で刈り取ってます。
 
 一つは通称コンバイン。刈り取りも脱穀も同時にオッケー、粉砕した藁を吐き出しまくりながら田んぼを縦横無尽に駆け回る様はまさにモンスター。稲が寝てようが斜めに植えてようが、こいつが通った後は田んぼは丸裸、その威力は巨神兵と呼ぶに相応しいのです。

 もう一つは、通称バインダー。手で押して行って、稲を植えてる向きに沿って刈りとっていき、横からバイン・バインと稲を縛って放り出していきます。
 しかも束が開きやすいように、ちゃんと互い違いの向きで縛ってくれているという神の指を持つ機械。

 うちで使ってるのは、後者のバインダーなんです。
 で、バインダーは、稲を刈り取って縛った後はもう放置なんです。バカの一つ覚えのごとく、美しい結び目を延々放出していくだけで、人間があたふたとその周りを駆けずり回って、稲束を広げたり借り残したところを手刈りしたりする訳です。
 そして、真夏の暑い午後に、田んぼ中に広げた稲束をひっくり返しに行きます。藁が乾いてないと脱穀機にかけた時に詰まりやすくなりますし、お米を乾燥しに持っていかなくてはならないからです。

 そして、藁が充分乾いた次の日ぐらいに、キャタピラがひび割れた老機・脱穀機を田んぼに連れて行き、稲束のお米が付いている方を脱穀機に突っ込んで、脱穀していくのです。そして、藁はさらに大きな塊に縛って田んぼの隅に積んでおきます。そうすれば、他の作物を作るときに、マルチにしたり、紐にしてしばったり、切って畑に蒔いたりといろんなことに使えますからね。


 当然人出が要りますから、今回も恋人のJhonと、親戚が手伝いに来てくれました。
 みんな一時間ぐらいで汗だくになり、真っ赤な顔をして、休憩中はしゃがみこんでました。
 暑さの中でかがんで、立ちあがって、ぬかるんだ田んぼを歩き回って、ってそれだけでもしんどいのに、たまに機械の調子が悪くなったり、はざかけしていた竹が折れたり、田んぼがじるくて機械が入れられなかったり、ってハプニングもいっぱいありました。


 そんなこんなで、親戚たちも帰り、大活躍してくれたJhonも帰り、後は田んぼを一枚分脱穀するだけとなりました。折しも上天気で米も藁もよく乾いています。
 父と母と三人で田んぼに行き、父は脱穀機のエンジンをかけ、私と母は広げた藁を一か所に集めておりました。

 しかし。

 エンジンがかかりません。しまいに、エンジンをかけるために引っ張る紐がブチ切れて、ニッチもサッチも行かなくなりました。
 まさかのジ・エンド。
 神に突き放されたかのようなこの仕打ち。
 私たちは茫然と灼熱の田んぼに立ちすくみました。

 そんな私たちを助けてくれたのは、近所の人が所有する巨神兵でした。昼の二時から田んぼにやってきたのに、うちの脱穀機とは比べ物にならない馬力でどんどん稲をこいていきます。夕方薄暗くなった頃に全部脱穀することができました。

 
 で、思うんですけどね、コンバインでやっちゃうと、ほとんど一人でできるから稲刈りが簡単な訳です。でも、バインダーは、機械化してもなお、大変な訳です。これ、ぜーーーんぶ人力でやってた時って、もっともっと大変だったんだなあって思うとくらくらします。
 昔百姓の家でお父さんとお祖父さんの立場が強かった理由がよくわかります。

 でも、私が父と同じくらい凄い!って思えたのは母です。
 平日は妹を作業所に連れて行って、帰って来てから着替えて田んぼを手伝って、11時半ぐらいになったら帰ってお昼を作って、昼からまた田んぼへ手伝いに行って、3時過ぎたら妹を迎えに行って買い物もしてきて、家事して、夕飯作って、その間妹のトイレ介助とか・・・。

 私たちや男性陣は、しんどい思いをするのは日中だけですが、母は家の中でも働いてますので。もちろん妹の介助や皿洗いなんかは私たちも手伝いますが。


 
 って訳で、今年も豊作です^-^V
 今年もどぶろく作ろうっと☆


 
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